昭和の人はみんな字が綺麗でしたよねぇ。父も字の綺麗な人でした。習った事は無かったと言っていましたが、国語の教師だったので必須だったのか、硬筆も毛筆もとても綺麗な字を書く人でした。
父の従姉妹に日展作家がいました。140cmそこそこと小柄でしたが、女性とは思えない大きく大胆な作風の書家で、書道教室も開いていて近所の子ども達から社会人まで幅広く人気で、父も教室に通って習っていました。
これはその頃の作品だと思います。

山川草木 轉荒涼十 里風腥新 戦場
山川草木 転じて荒涼たり(山も川も草も木も、すっかり荒れ果てて寂れてしまっているたり)、十里の風 腥し新戦場(見渡す限りの新しい戦場には、血なまぐさい風が吹き抜けている)。
所々読めなかったので、AIに読んでもらったら、意味がエゲツ無いなぁ…😭😭😭
久しぶりに出したらシミが浮いていました。この頃の字は勢いがあって好きなのですが、掛ける事は出来ない状態なので手放すことにしました😭😭😂。書かれている内容が好みなら生かす方法を探しましたが、今回は潔く。

もつ1つ、この条幅の書は朱熹(しゅき)の代表作、父の好きだった漢詩「偶成」です。

少年老い易く学成り難し 一寸の光陰軽んず可からず 未だ覚めず池塘春草の夢 階前の梧葉已に秋声
若い時はあっという間に過ぎ去り学問を修めるのは難しいため、わずかな時間も大切にすべき。
聞いたことのありますよね、父にもよく言われたわぁ。父の生い立ちを被せると、これを書いた気持ちも分かるだけに、どこかに掛けたかった軸です。

これもシミが上がってました😭😭😭
これも一緒に手放します。これらの額は水屋の入り口に立て掛けてありましたが、秋にお茶会を再開するときは水屋を使いたいので、残すか手放すかを判断する必要がありました。結局父の大きな額を2つ手放す事になりましたが、断捨離は1歩前に進みました。正に断行・捨行・離行です。

座敷で呈茶をする、お茶の飲み方講座をする、お茶会を再開するなら、8畳間と水屋を“それ用”に整えるのが必須です。折角のキッカケなので、活かしてモノを少なくへの一歩前へ。進めたいと思います。
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